阪神タイガース観戦記

このブログは阪神タイガースの試合を私見で振り返るものである。

半袖の下手投げ

高橋礼。
福岡ソフトバンクホークス。右投げ右打ち。背番号28。
専大松戸高校から専修大学に進学し、2017年にドラフト2位でソフトバンクに指名されたアンダースロー投手。
昨年の成績は12試合0勝1敗防3.00。
『プロ未勝利ながら下手から放られる140キロ超えの直球が大きな魅力』(宝島社)と今季の選手名鑑には紹介され、3/9,10に行われた侍ジャパンの試合(メキシコ戦)にも選出。その期待度がますます高まっている選手である。

彼を認識したのは昨年の9月5日だった。広島対阪神3連戦を観にマツダスタジアムへ遠征したときのこと。
同行者が広島ファンの為、ナイターまでの空き時間は由宇で行われる2軍戦広島対ソフトバンクで消化しようという事になった。
勝敗などは関係なく、とにかく近い距離で選手たちのプレーが観られるのがファーム戦の醍醐味である。
我々が陣取った位置は3塁側のブルペンにほど近い場所(由宇の内野席は芝生)。
試合展開はほとんど覚えていないが、ブルペンで投げていた松田遼馬の元気な姿に安心し、阪神在籍経験のある久保康生コーチ、佐久本昌広コーチに心をときめかせ、現役感がまるで無いコーチ然とした寺原隼人に笑っていたりした。

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一生懸命投げていた松田遼馬

そんなお楽しみゾーンに高橋礼はやって来た。この時まで、彼の存在など頭によぎったことは一度もない。だが、ブルペンでの投球を準備していたその瞬間に放たれた一言がその存在を確固たるものにした。
「あ、やべえ! オレ半袖じゃん!」
周りに他の選手はおらず、完全なる独り言。そして、約3メートル離れた我々の位置でも完璧に聞き取れる大きな声量。極めつけはそのフレーズ。関西人でもないのに思わず「知らんがな」とツッコミをいれたくなる一言。

確かに彼は半袖だった。けれど、この日の気温は最高32.3度、最低でも21.3度(山口県内)。太陽も照りつけ、肌寒ささえ感じることも難しい気候だった。先の松田も半袖投球である。だが、彼は自分が半袖であることを思わず大声で漏らしてしまうのだ。

肩は消耗品と聞く。投手が肩を大事にするエピソードはよく耳にする。
普段の彼がどんなスタイルであるかなど阪神ファンの自分が知るはずもないが、アンダースローという特殊な投法ゆえ人一倍、肩には気をつけなくてはならないのかもしれない。それなのに、厳しい残暑がついうっかり半袖でのブルペン入りをさせてしまったのだろうか。その過失に気付き、思いがけず大きな声で発してしまった「半袖じゃん!」なのか。

思ったことが素直に口に出てしまうウッカリさん。かわいいヤツである。
それまで全く意識していなかったのに、視線は彼に釘付け。我々は投球練習をする半袖ボーイを見つめるのだった。
残念なことに、不本意な形でブルペン入りして肩を作ったのにも関わらず、この試合での登板は無かった。

翌日。この日も日中の時間は由宇に費やす。
目当てはもちろん高橋礼。
天気は曇りだが、蒸し暑い。最高気温は27.6度。果たして彼はどうなのか。

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高橋礼くん

長袖だ!
さすが。期待を裏切らない。
この日に撮った写真を調べてみたが、彼以外長袖の選手は見当たらなかった。
やはり強いこだわりがあるのだ。
それなのに昨日は半袖で肩を作ってしまったのだ。
そのせいだろう、この試合で登板した彼は3回3安打3四球2失点。まるでパッとしない内容だった。半袖の呪縛恐るべし。

ソフトバンクの2軍で投げていた投手。半袖発言は楽しませてもらったが、いずれ記憶から消え去っていくと思っていた。
しかし、この一ヶ月半後、彼は日本シリーズの舞台で投げていたのである。
しかも、その登板した第1戦目を我々は生観戦で目撃する。
すっかり秋も深くなっているので、当然長袖。ひょっとしたらヒートテックかもしれない。
本来のフォーマットに落ち着いた高橋礼は2-2という同点の場面で最終回のマウンドに上がった。
引き分けかサヨナラ負けかという極めて大事な場面。レフト外野席の一画以外はすべて赤色に染まった完全にアウェーでの登板。すでに森、加治屋を投入した後の起用である。工藤監督のこれほどまでの信頼をいつの間に得ていたのか。
会澤をピッチャーゴロで抑えたが、安部にフォアボール。ここで代打新井貴浩
すでに22時を回り鳴り物応援は控えられていたが、球場のボルテージは最高潮に達していた。
新人投手vs引退発表の大打者。

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新井との対戦

軍配は高橋礼に上がった。
インコースのストレートで完全につまらせてボテボテのピッチャーゴロに抑えたのである。
ここでお役御免。モイネロに残り1つのアウトを任せてマウンドを後にした。

半袖うっかりボーイがこんな緊迫した場面でキッチリと仕事をこなすとは。
存在を知ってから一ヶ月半しか経っていないのに若干の親心が芽生え始めている。登板するまですっかり忘れていたのにもかかわらず。
結局、このシリーズで高橋礼は3試合に登板、11/3イニングを投げて無失点と完璧な仕事をした。
大したものである。

しかし、まだ終わらない。
日本シリーズでの活躍が評価されたのだろう。高橋礼は11月上旬に行われた日米野球のメンバーに選出された。
東京ドームで行われた第1~3戦目のチケットを購入していた私は三たび球場で目撃することになる。
第1戦の7、8回に彼は登場。もちろん長袖。この2イニングを1安打2四死球3三振無失点。制球こそやや乱したものの点を取られることなく9回の山崎康にバトンを渡した。これが結果的に柳田の逆転サヨナラ3ランにつながるのである。

ソフトバンクファンでもないのに2ヶ月でファーム、日本シリーズ日米野球と全く異なる舞台で投げる高橋礼を観ることになった。あの半袖宣言がなければこんなに注目することはなかった。球場に行かなければ体験できないことである。図らずも高橋礼に生観戦の魅力を再認識させられるのであった。

今季。果たして、灼熱の太陽が照りつける真夏のデーゲームでも彼は長袖なのだろうか。

タイガース戦の裏で彼のことを気に留めて置こうと思う。